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『グローバルに活躍する』第6回 福岡涼君(千葉地方・家庭裁判所)

2015.09.17


 社会がますますグローバル化する中、法曹の活躍の舞台も世界に広がっています。在学生の皆さんの中にも、そういった分野に興味を持っている人が少なくないものと思います。

 そこで、塾法科大学院を修了し、グローバルな領域で活躍している先輩たちにお願いし、どのようにして現職に至ったか、仕事のやりがいや難しさ、語学についてなど、皆さんの関心が高いと思われる質問事項をお送りして答えてもらいました。今後、このwebサイトで、先輩たちの活躍の様子を定期的にご紹介していきたいと思いますので、将来の進路の参考にして下さい。



 第6回は、千葉地方・家庭裁判所の判事補である福岡涼さん(2009年3月修了)にお願いしました。福岡さんは、現在米国留学中です。ニューヨーク大学ロースクールLL.M.課程(Master of Laws課程)※(末尾編集補足参照)での勉強の様子など詳しく伺いましたので、留学に興味のある皆さんは、是非参考にしてください。

■ 塾法科大学院修了後、留学に至るまでを簡単に教えて下さい。


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 札幌での司法修習後,判事補に任官しました。千葉地裁刑事部で裁判員裁判を中心に3年ほど刑事事件を担当後,同地裁松戸支部で少年事件,刑事事件を数か月間担当しました。その後,民事執行・保全担当部での勤務を経て,2014年7月より,行政官長期在外研究員として2年間の予定で米国に派遣されています。
 当初は弁護士志望でしたが,修習中に進路を転換しました。法科大学院生の頃から仲間とゼミを組んで徹底的に議論することを好んでいたところ,立場に関係なく互いの意見を傾聴して納得がいくまで議論するという裁判所の気風に触れ,裁判官を志望するに至りました。
 留学については,高校生の頃から,留学したいという希望は漠然と持っていました。当時は,外国人とのコミュニケーションの楽しさや新しい世界を知りたいという素朴な欲求の延長線上に留学がありましたが,司法試験合格後には,より具体的に,「継受した外国法を土台に独自の発展を遂げつつある日本法を学んだからには,そのルーツである外国法も学びたい。」との気持ちが芽生えました。また,裁判官としての執務や他国の実務家との交流等を通じ,我が国では当然と思われている法制度や実務が,他国の観点に立てば実はそうではない場合があると感じるに至り,法制度や実務を多角的に評価する視点を獲得したいと考えて留学を希望しました。



■ 留学は1年間ですか? 


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 全部で2年間です。留学1年目は,米国のニューヨーク大学ロースクール(New York University School of Law)LL.M.課程(Traditional LL.M.)に在籍し,卒業しました。NYUでは、法律文書作成・文献調査等の技法を学ぶ留学生向けの基礎科目から,連邦地裁の判事による量刑セミナー(連邦量刑ガイドラインを中心とする米国量刑実務について集中的に学ぶもの)等のややマニアックな科目まで,幅広く履修しました。

 留学2年目は,拠点をカリフォルニア大学バークレー校に移します。客員研究員として,留学1年目の理論面の理解を基礎に,より実務的な見地からアプローチする研究を行う予定です。


■ 留学して良かったことや留学の面白さについて教えて頂けますか?
 

 月並みですが,様々な意味において視野が大きく広がることではないでしょうか。米国に比して,日本は良くも悪くも均質性の高い社会だと感じることがあります。Diversity(多様性)をキーワードとする国に暮らし,各国の人と議論をすると,文字通り多様な意見に接します。常に自らの意見を問い直す機会に晒され,先例や伝統以外の合理的な根拠の提示を要求される状況に身を置くという意味で,海外在住経験のない人にこそ留学のインパクトは大きいと考えます。次々に新しいことが起こる留学の経験は,法曹としてタフな状況を乗り越える際の堅固な土台となり得,リーダーシップの涵養にも資すると考えています。
 裁判官としての留学ですので,LL.M.課程での学習に加えて,法廷等を訪れて実務上の知見を得ることも重要です。訴訟法や証拠法の講義で学習した判例の実務運用等を学ぶため,度々州地裁や連邦地裁に足を運びますし,刑務所も訪問しました。陪審裁判を傍聴し,裁判官やロークラークらと心証について議論することもありますし,双方当事者による優れた弁論を聞く機会もあります。裁判官の訴訟指揮及び当事者からの意見聴取の方法から,陪審に対する説示,法廷の設備,刑務所の教育プログラム等に至るまで,実務をみることで教室では得られない多くの学びのチャンスが得られます。着眼点がわかるということが,実務家として留学することの利点の一つだと思います。


■ 逆に、留学で苦労されているのはどんな点ですか?

 主として語学力の問題に起因する時間不足です。学期中は,塾法科大学院での予習・復習と同等の量の予習・復習をそのまま英語でこなすイメージで,自宅,教室,図書館の3か所を行き来するような生活でした。ロースクールによっては、現地学生であるJ.D.生とは試験時間の長短が異なったり,成績評価が別に行われたりするところもあるようですが,NYUでは,この点にLL.M.生とJ.D.生の区別はありません。一定のGPAを充足することが卒業要件だったので,英語力のハンデをカバーすべく,懸命に予習等を行いました。それでもネイティヴの学生に混じって適時に発言することには一定の困難が伴うというのが現実です。
 春学期には米国の量刑制度に関するセミナーと東アジアの国際法秩序に関するセミナーを履修し,各々30枚前後のペーパーを作成・提出したのですが,その提出前には日本での勤務時よりも多忙でした。振り返れば,連邦地裁のベテラン判事と日米の量刑制度について1対1で意見交換するというのは非常に贅沢な経験だと思いますが,なかなか骨が折れる作業でした。
 生活面では、ニューヨークという場所柄もあり,値段に目を瞑れば食事や生活等の面での苦労は少なかったように思います。各種手続等をはじめとして,日本と同様にはいかないことも日常茶飯事ですが,文化の違いと捉えて大らかに構えることが重要です。


■ 英語については、どのようにして勉強されましたか? 


 留学以前に海外在住経験は一切なく,受験英語に依拠する典型的な日本人英語学習者でした。米国ロースクールへの留学には,TOEFLで一定の高スコアが求められますが,御多分に漏れず,スピーキングで苦労しました。考え事をするにも英文で行うように意識し,それを口に出す練習等をしているうちに少しずつ上達しました。渡米後は,寮でシンガポール人の検察官と10か月間共に暮らし,よく雑談等もしていたので,日常英会話の機会は多かった方だと思います。いつしか英語で夢を見るようにもなりましたが,今でも聞き取りや会話に苦労することもあり,日々研鑽中です。
 一般論として,他国の留学生に比べて日本人はスピーキングが苦手です。この現実を受け入れるのが出発点だと思います。他方で,リーディング等に強みもあるので過度の萎縮は不要で,日本人が多い環境でも粘り強く英語を使う機会を増やすことが重要です。


■ 留学前に、英語を使って業務をする機会はありましたか? 


 2014年5月から6月にかけて,国連アジア極東犯罪防止研修所(アジア太平洋地域等の各国刑事司法関係者に対する研修等を行う国連の地域研修所)での国際研修に参加する機会がありました。研修テーマは,女性,障がい者,高齢者等の「特別の配慮を要する犯罪者のアセスメント及び処遇」でした。日本国内からの参加者は,私の他に,検察官,警察官,保護観察官,法務教官,刑務官,国外参加者はアフガニスタン,ブラジル,ケニア,ミャンマー,ナウル,タイ,香港,韓国の捜査官,連邦検事,刑務官や保護観察官等で,6週間,寝食を共にしながら各国刑事司法の課題や将来について議論しました。前提や問題状況の異なる複数国間で議論することの難しさを実感する一方で,一国の課題を解決するためのヒントが他国の実務にあるという気付きを得る有意義な経験となりました。
 英語での個人プレゼンや質疑応答,自国制度についての整理と説明,グループワークにおけるディスカッションのまとめ役等,ミニ留学ともいうべき得がたい経験を留学直前にさせていただきました。

■ 塾法科大学院で学んだことを、留学の中でどのように活かしていますか?


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 American Constitutional Law等の国際系の科目で得た基礎知識が,留学にスムーズに入るのに役立ちました。ただ,それ以上に,いわゆる基本六法に該当する科目やその応用としての実務系の科目で学んだことが活きています。外国法を学ぶ際、対応する日本法において体系的な理解を有する分野と馴染みのない分野とでは,学習のし易さに大きな差異があります。逆説的ではありますが,外国法の適切な理解の近道は日本法の理解にあると考えています。
 また,在学中に,塾法科大学院に在籍していたアメリカ人ロースクール生と日本の司法制度について議論したことがありましたが,今にして思えば,日本の法制度を客観視することの重要性に気付いた契機だったのかもしれず,貴重な経験でした。


■ 塾法科大学院では、英語のみで学位取得が可能な日本版LL.M.(法務修士)の開設を計画中です。アジアを視野に入れたビジネス法務を英語で学ぶことを基本とし、日本法に関心のある留学生や、グローバルな領域で活躍することを目指す日本人法曹を主たる対象としています。1年間のコースで、そのうち半年をアメリカやアジアの提携ロースクールに留学することも想定しています。日本版LL.M.の授業内容や方向性などについて、期待するところ、要望などお聞かせくださいませんか。


 他の方のご指摘のとおり,進学者にとって通用性の高い魅力的な授業内容となること,実務家とのネットワーク構築の場になることに加え,塾法科大学院の通常の課程に在籍する学生との距離が近いプログラムになることを期待します。優秀な留学生や日本人法曹との接点をもつことは,グローバルな領域での活躍を望む法科大学院生に早い段階で高いモチベーションを与えることにもつながるかと思います。

■ 5年後または10年後のご自身の将来像をお聞かせ下さい。


 帰国後に配置された職場で裁判官として実務に取り組む中で,留学で得た知見をヒントに,より良い裁判実務の在り方を自分なりに模索したいと思います。米国の裁判官が理想的なロール・モデルかどうかについては種々の意見があり得ますが,私が現在までに米国で出会った裁判官たちは,その信念や理想,具体的な訴訟指揮の方法等において,尊敬できる方々ばかりでしたので,参考にできる部分が大いにあると考えています。


■ 最後に、グローバルな領域で活躍することを目指す後輩たちへのメッセージをお願いします。


 普段の事件処理で日常的に外国語を使うことのない裁判官にとっての留学の意義は何かという質問をよく頂戴します。留学というと,法律英語の習得の機会,短期的に自国に応用可能な最新の海外プラクティスを知る機会等と捉える方もいるかと思いますが,私は,必ずしもそうではないと考えています。自国の法制度を相対化して評価する視点を獲得し,自国における理想的な制度や実務の在り方を長期的に考える機会をもつこと,それが留学の意義だと考えます。私自身は,渡米以来,留学先の学生,他国の法曹,他の日本の法曹等と共に学び,また,彼ら彼女らの経験や姿勢から学ぶ中で,多くの成長の契機を得ていると実感しています。留学を考える学生の皆さんにも,大きな視点で留学の意義を考え,是非とも挑戦してみてほしいと思っています。

ありがとうございました。さらなるご活躍、期待しています。

 ※ 編集補足
 米国のロースクール制度について簡単に説明します。米国には、日本の法学部に相当する学部は存在しません。そのため、法律を学ぶためには、いずれかの学部を卒業した後に、ロースクール(法科大学院)に進む必要があります。ロースクールは3年の課程となっており、修了するとJ.D.(Juris Doctor)の学位が授与されます。ロースクールのカリキュラムは、日本のロースクールの未修コースをイメージしてもらえば、当たらずとも遠からずかと思います(ちなみに、法学部がありませんので、既修コースはありません)。司法試験の受験資格は、州毎に異なりますが、一般にはA.B.A(アメリカ法律家協会)認定のロースクールでJ.D.を取得した場合は、受験可能です。
 一方、LL.M.課程の学生は、通常、①専門分野を磨くために入学した米国の法曹(したがって、既にJ.D.を取得しています)、②米国法を学ぶために入学した留学生(母国で、自国法について学んだ者)、からなります。LL.M.課程は1年弱(多くが9月~翌年6月)で、修了するとLL.M.(Master of Laws)の学位が授与されます。なお、LL.M.を取得した留学生が、司法試験を受験できるかどうかは州によって異なります。母国での取得学位や、LL.M.課程での受講科目、取得単位数など、種々の要件が課されています。

(記載内容は掲載日のものです。また個人としての記載であり、所属する組織・団体を代表するものではありません。)

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