平成25年5月10日
「法曹養成制度検討会議・中間的取りまとめ」に対する意見
慶應義塾大学大学院法務研究科
委員長 片山直也
はじめに
法曹養成制度検討会議・中間的取りまとめ(以下、「取りまとめ」という。)が、法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度創設の理念自体が誤ったものでないことを確認し、「プロセス」としての法曹養成の理念を堅持すべきであるとする点は、極めて優れた見識であると考える。
その点において、「取りまとめ」が、法曹志願者の減少等、制度運用上の問題点を踏まえて、法科大学院を中核とするプロセスとしての法曹養成制度は維持しつつ、制度の抜本的な見直しを図るべきとする点に、基本的に賛同を示したい。
慶應義塾大学法科大学院は、司法制度改革の理念および独自の理念(国際性・学際性・先端性)の下、法曹養成の質および量において一定の成果を挙げてきたが、今後ともさらなる改善のために努力を怠らない所存である。
ここでは、「プロセス」としての法曹養成制度の一角を担う現場の法科大学院の一校として、若干の意見を述べることとしたい。
第1 法曹有資格者の活動領域の在り方
「取りまとめ」が、法曹有資格者の活動領域の更なる拡大を図るため、関係機関・団体が連携して、拡大に向けた取組を積極的に行う必要があるとする点、さらにそのために、法務省を始め関係機関・団体が連携し、継続的に意見交換会等を開催するなどして、検討を行っていくべきであるとする点に異論はない。
なお、法科大学院としては、全国的に見るならば、修了生の約半数は法曹資格を有していないという現状に鑑みると、いわゆる職域拡大の問題に関しては、資格を有しない修了生も含めて、いわゆる「広義の法曹」(必ずしも法曹資格の有無にとらわれずに高度の専門性を身に付けた法律専門家)の活躍の場という枠で議論を行う必要があると考えている。
たとえば企業における需要は、即戦力としての法曹有資格者の中途採用と、法科大学院を修了した新卒採用に二極化しており、後者については、法曹資格は必ずしも必要ではなく、一定程度の法律に関する知識や法的思考能力を身に付けていることを前提として、むしろビジネスへの関心、柔軟なコミュニケーション能力や外国語能力が求められているといわれる。仮にこのような需要が様々な分野で見込まれるのであるならば、法科大学院においては、司法試験の合格率が低迷している現状を踏まえると、一方では、司法試験に合格し、司法修習を経て、法曹有資格者として活躍する狭義の法曹を育成するとともに、他方では、法曹資格を取得することなく、様々な分野で法律専門職として活躍したいと考えている修了生や院生に対して、その多様なバックグラウンドを生かしつつ、活動領域に応じた高度の専門性やグローバル・フィールドで活躍できる能力等、各分野で求められている法律専門家(いわゆる「第4の法曹」)としての素養を涵養するための教育を行うことも視野に入れた制度の見直しを検討すべきと考えられるからである。
高度の専門性が求められる活動領域としては、知的財産、競争法、ファイナンス、租税、労務、環境、医療・医薬などの専門分野による区分の他、より一般的となるが、企業内法務(特にグローバル・フィールドにおける企業法務)、行政法務、公益法務などの職種による区分を想定することも可能であろう。
第2 今後の法曹人口の在り方
「取りまとめ」が、社会がより多様化、複雑化する中、法曹に対する需要は今後も増加していくことが予想され、このような社会の要請に応えるべく、質・量ともに豊かな法曹を養成するとの理念の下、全体として法曹人口を引き続き増加させる必要があることに変わりはないとする点に異論はない。また、現時点において、司法試験の年間合格者を3000人程度とすることを目指すべきとの数値目標を掲げることは、現実性を欠くとの分析にも賛成ではある。
しかし、現状においては、司法試験の年間合格者数の数値目標は設けないとすることが相当であるとする点には、反対である。現実的な範囲で、暫定的または漸次的な数値目標を掲げるべきではないかと考える。
もとより、司法試験はあくまでも資格試験であり、競争試験ではないのであるから、本来は一定の質が確保されていれば、合格者数には上限を設けずに、法曹有資格者を競争的環境に置くことが、質の高いより身近なリーガル・サービスの提供の確保に繋がるはずである。
しかし、その安定的な競争環境が形成されるまでの過渡期においては、数値目標は必要であろう。特に、新たな法曹養成制度が未だ社会に十分に定着しておらず、全体として法曹人口を引き続き増加させる必要があるとの政策的な判断を前提とする限り、数値目標は不可欠だと思われる。この10年間におけるような大幅な法曹人口増加が必要な状況ではないとしても、引き続き増加させる必要があるというのであるから、穏やかな法曹人口増加を目標に定めるべきではないか。
そもそも、自由業である弁護士につき、弁護士事務所への就職が困難な状況であることは、法曹人口の制限の理由とはならないはずである。重要なのは、質を維持しつつ、競争環境を確保することである。いわゆる「即独」に対しては、弁護士会や法科大学院の枠での支援を充実させるべきであろう。また職域拡大についてようやく関係者間の意識が芽生えたばかりであるので、このタイミングで数値目標を外すことは、その芽を摘むことにもなりかねない。
もちろん、質の確保が前提条件であるから、法科大学院教育の質を向上することができない限り、合格者数の増加を望むべきではない。その意味では、司法試験の合格者数の問題は、当面は、政策的な法曹人口の問題のレベルではなく、質の確保の問題と連動して論じられるべきであろう。
第3 法曹養成制度の在り方
1 法曹養成制度の理念と現状
(1)プロセスとしての法曹養成
「取りまとめ」が、法科大学院を中核とする「プロセス」としての法曹養成の考え方を放棄し、法科大学院修了を司法試験の受験資格とする制度を撤廃すれば、法科大学院教育の成果が活かされず、法曹志願者全体の質の低下を招くおそれがあると分析する点、「プロセス」としての法曹養成の理念を堅持すべきであるとする点に賛成である。
さらに「取りまとめ」が、制度をより実効的に機能させるために、教育体制が十分でない法科大学院の定員削減や統廃合などの組織見直しの促進とともに、法学未修者教育の充実など法科大学院教育の質の向上について必要な方策をとる必要があるとする点は、総論において賛成であるが、各論については、後に(2以下)、若干の意見を述べることとしたい。
(2)法曹志願者の減少、法曹の多様性の確保
「取りまとめ」における、法曹志願者の減少の原因の分析、および法曹の多様性の確保が困難となっている要因の分析については、概ね的確であると考える。また、法曹志願者の増加や多様性の確保のために、法曹としての質の維持に留意しつつ、司法試験の合格率の上昇に資するような観点から、個々の論点における具体的な方策を講ずる必要があるとする点については、賛成である。
(3)法曹養成課程における経済的支援
「取りまとめ」が、法科大学院生に対する経済的支援については、通常の大学院生と比較しても、既に相当充実した支援がされているとの認識には、必ずしも賛同できない。そもそも授業料が高額であることを考慮すると、まだまだ不十分であると認識している。今後とも、意欲と能力のある学生に対する支援の取組を継続していく必要があるとする点は賛成である。特に、地方出身の学生について、大都市出身の学生と比較して、不利とならないように配慮する必要もあると思料する。
また、司法修習生に対する経済的支援の在り方については、貸与制を前提とするのではなく、再度、貸与制自体の見直しも検討すべきであると考える。この点について「給付制とすべきとの意見もあったが、貸与制を導入した趣旨、貸与制の内容、これまでの政府における検討経過に照らし、貸与制を維持すべきである」とするのは、経済的支援が予算措置を伴うものであることから理解できなくはないが、国民の権利の担い手を国の給付をもって育成することに合理性があることを考えると、今後とも、給付制の可能性も含めて検討がなされるべきではないかと愚考する次第である。
2 法科大学院について
(1) 教育の質の向上、定員・設置数、認証評価
(ア)「取りまとめ」が、修了生のうち相当程度(たとえば7~8割)が司法試験に合格できるよう、充実した教育を行うことが求められるとする点には賛成である。
(イ)法科大学院間のばらつきが大きく、教育状況に課題がある法科大学院については、教育の質を向上させる必要があるとともに、定員削減及び統廃合などの組織見直しを進める必要があるとする点には賛成である。しかし、充実した教育を行っている法科大学院においても、当該法科大学院の法科大学院全体における位置づけを考慮し、定員およびその削減について検討を行う必要があると考える。
(ウ)「取りまとめ」が、「入学定員については、現在の入学定員と実入学者数との差異を縮小するようにするなどの削減方針を検討・実施し、法科大学院として行う教育上適正な規模となるようにすべきである」とする点に反対はしないが、それ以上に重要な点は、入学選抜における競争性の確保であると考える。一定の入学競争倍率を確保できるように実入学者数を管理することを最優先とすべきはないか。
修了生の質の確保は、法科大学院の教育力によるべきであることはいうまでもないが、競争性を確保した入学選抜の実施が、各法科大学院の教育の質を担保する重要な要因であることは疑いない。入学定員と実入学者数の差異の縮小を強調し過ぎることにより、入学選抜における競争性の確保が疎かになることが懸念される。
(エ)課題を抱える法科大学院の自主的な組織見直しを促進することが重要であることは言うまでもないが、公的支援の見直しとして、財政的支援のみでなく、人的支援の見直しを実施することについては賛成できない。
公的支援を見直すことが直ちに自主的な組織の見直しに繋がればよいが、そこにタイムラグが生じることが予想される。そうするとその間、人的支援を行わないことは、対象となる法科大学院における教育の質をさらに低下させることが懸念されるからである。
(オ)法科大学院の自主的な組織見直しの一つの在り方として、専門職学位である「法務修士(専門職・法学関係)」の積極的な活用の推進を提言したい。すなわち、法科大学院(「法務博士(専門職・法曹養成関係)」)コースとは別に、「法務修士(専門職・法学関係)」コースを設けて、法科大学院の定員の一部ないし全部を移行することにより、翻って法科大学院の活性化を図ることを検討すべきではなかろうか。
「第1 法曹有資格者の活動領域の在り方」で言及したように、新たな法化社会の多様化し、専門化する需要に対応するために、法曹の多様化・専門化をさらに推進すべきだと考えるからである。たとえば、今後は、グローバル・フィールドで活躍する法曹をめざす者に対して、英語によるトランス・ナショナル法の授業を行い、グローバルな法的思考能力および法的紛争解決能力を涵養し、かつ世界各国で法曹をめざす外国人留学生と議論を行う環境を、わが国における法曹教育の一環として整備することが求められよう。その枠組みとして「法務修士(専門職・法学関係)」コースの活用が有効だと思われる。外国人留学生の受け入れを容易にし、狭義の法曹に対する付加価値の付与(法曹リカレント)としてだけではなく、企業内法務(特にグローバル・フィールドにおける企業法務)等で活躍する広義の法曹の育成にも資すると思料されるからである。
(カ)「取りまとめ」が、課題が深刻で改善の見込がない法科大学院について、認証評価による適格認定の厳格化など認証評価との関係にも留意しつつ、新たに法的措置を設けることについても、更に検討をする必要があるとする点には、賛成である。大学の自治にも配慮し、まずは自主的な組織見直しを先行させるべきであるが、それと並行して、法科大学院を中心とした法曹養成制度全体が危機的な状況にあるとの認識を共有した上で、国民および各大学が賛同できる明確なヴィジョンを提示しつつ、一定の準備・調整期間を経た後に、抜本的な制度見直しを実施することについても検討がなされるべきであろう。
(2) 法学未修者の教育
「取りまとめ」が、法学未修者については、基本的な法律科目を重点的に教育し、基礎・基本の習得の徹底を図るとともに、その到達度を、教育課程の各段階に応じて客観的に判定する仕組みが必要であるとする点には、賛成である。
しかし、「共通到達度確認試験(仮称)」の導入については慎重に判断すべきであると考える。そもそも、健全に機能している法科大学院であれば、期末試験等によって到達度の確認を行うことができるし、また各法科大学院にはそれぞれ教育上の独自の理念があり、教育システムは異なるものゆえ、共通試験の導入によって各法科大学院の教育システムに混乱を生じさせるおそれがあるからである。現実的にも、共通試験を進級条件としつつ、各法科大学院でそれを公正に実施することは、事務手続き上相当な困難を伴い、法科大学院の運営にとって著しい負担となることが予想される。
3 司法試験について
(1)受験回数制限
「取りまとめ」は、司法試験の受験回数制限を緩和する案を挙げているが、受験回数制限の緩和には反対である。
新たなプロセスとしての法曹養成制度においては、法科大学院における教育と司法研修所における教育が連続して行われることが重要だと考えるからである。たとえば、受験回数を5回とすることは、いわゆる受け控えを減らせることにはそれなりの効果が期待されるが、各回の司法試験の合格率の低下を招くことなり、個々の受験生にとっても、法曹養成制度全体にとってもプラスにならないと思われる。
(2)方式・内容、合格基準・合格者決定
「取りまとめ」が、司法試験科目の削減(選択科目の廃止)を検討するとする点には反対である。
法律基本科目は、狭義の法曹となるためには、いずれも不可欠な必修科目であり、また選択科目を廃止することは、多様な法曹の養成という趣旨に逆行すると考えるからである。司法試験受験者の負担軽減は、試験科目の削減によってではなく、出題方法を工夫するなどにより実現すべきではないか。なお、司法試験受験者の負担軽減のために、法律基本科目の一部の科目について、法科大学院で修得していることを前提に、司法試験においては、選択科目とすることが検討されてよいし、また、現在の選択科目についても、法科大学院における成績優秀者につき当該科目の受験を免除することなども検討されてよいであろう。
基本的には、法科大学院教育を踏まえた上でその到達度を測るための試験であることが徹底されるべきであり、司法試験が到達度を定め、それに照準を併せて法科大学院教育が行われるというのは本末転倒である。
また、あくまでもプロセスとしての法曹養成制度の一環として、法科大学院と司法研修所の中間点に位置づけられる試験であることを再認識し、法律基本科目であっても法律実務基礎科目の内容を重視し、かつ両者の役割分担を意識した出題が求められるであろう。
(3)予備試験制度
「取りまとめ」は、今後、予備試験の結果の推移、予備試験合格者の受験する司法試験の結果の推移等について必要なデータの収集を継続して行った上で、法科大学院教育の改善状況も見ながら、予備試験制度を見直す必要があるかどうかを検討すべきであるとするが、俄に賛同できない。
むしろ、予備試験制度は、法科大学院を中核とした新たな法曹養成制度の理念に反する制度であるから、制限的に運用すべきであるし、予備試験に代替する仕組みが創設できるならば、可及的速やかに廃止すべきであると考える。
すなわち予備試験制度の導入の趣旨が、経済的事情によって法科大学院に進学できない者を救済するという点にあるのであれば、たとえば法曹人口が不足しているとされる地方に無償・給費制の法科大学院を創設するなど、むしろ、法科大学院教育を受けさせる方向での改革を検討すべきである。また、予備試験制度の導入の理由が、時間的負担にあるとするならば、むしろ学部の早期卒業や飛び級の制度、法科大学院における飛び級の制度の活用を推進すべきであろう。
当面、予備試験制度を継続するということであるならば、予備試験受験希望者に対して、趣旨に合致した者が受験しているかどうかを審査する仕組みを設けることも検討されてよいであろう。
4 司法修習について
(1)法科大学院教育との連携
「取りまとめ」が、司法修習について、法科大学院教育との役割分担を踏まえ、法科大学院教育との連携の更なる充実に向けた検討を行うべきであるとする点について、異論はない。
(2)司法修習の内容
「取りまとめ」が、司法修習の更なる充実に向けた検討を行うべきであるとする点にも異論はないが、選択型実務修習については、法科大学院における種々の取組との役割分担を検討すべきであろう。
5 継続教育について
「取りまとめ」が、法科大学院において、法曹資格取得後の継続教育について、必要な協力を行うことを検討すべきであり、また法科大学院には、法曹が先端的分野等を学ぶ機会を積極的に提供することが期待されるとする点には、賛成である。
この問題については、特に、弁護士会と法科大学院が協議を行う場を設けることが望ましいと考える。
以上